RADWIMPSやゆずの作った愛国ソングがネトウヨ啓蒙ソングだと物議を醸

RADWIMPSやゆずの作った愛国ソングがネトウヨ啓蒙ソングだと物議を醸していますね。 まぁ、自分もはっきしって愛国ソングとかはウザくてかなわんっスよ。
しかし、愛国ソングを作る人も一人一人どのような思いで日本を愛してるかは違くて、政治的な思想以外で日本を誇りに思ってる人もいますよね。
ですが、その真意ってはっきしって聴き手には分かりにくいし、ガチサヨの人が反射的に構えたり、嫌悪感を示すのも自分には分かるんですね。ガチサヨの人の中にある感情は簡単に言えば、危惧、懸念、オーバーラップなどだと思うんです。
自分が考えるに愛国ソングを作る上で大切なのは、それは応援歌的なものか、頭がお花畑の過剰なポジティブからなる中身のない美化なのか、これが聴きてに明確に分かることだと思います。
はっきり言って、ある程度政治や歴史の知識がある人が曲の中で例えば『靖国』などというフレーズや古臭い言い方の日本語を聞けば、そこから色々思い浮かべるのは当たり前です。
でも、みんなが気持ちよく共有できる日本の歌ってのはあっていいと思います。
高校野球とかだと定番の歌とかありますもんね。
そこで自分は一つの答えに行き着きました。
独善的な愛国ソングにならない為には、無理矢理歴史的ワードや、皆が一丸となることを促すようなことを歌詞に捩じ込まなくてもよいのでは? ということです。
Berryz工房の『行け行けモンキーダンス』の歌詞は日本を元気にする意図が盛り込まれた内容ですが、間違ってもこれを聞いて「ネトウヨソングだろコレ」となる人はいないでしょう。確かモー娘。にも日本の応援歌がありましたよね。
ぶっちゃけ、つんくが日本アゲソングを作れば嫌な感じのものできないのではないでしょうか?(笑)
日本は2000年代のある時から、露骨なメッセージソングが増えた気がします。
考えてみて下さい。
Metisの人間失格や、植村花菜のトイレの神様とか、歌詞の内容は道徳的でも人によっては聴いてて絶対テンション下がるし、嫌な気持ちになりますよね。
一方、B’zのウルトラソウルなんかはそのメッセージ性が沢山の人に好かれてますよね?
メッセージソングでも賛否がある作品と沢山の人から好かれる作品があるように、
件のRADWIMPSやゆずの愛国ソングに不快感を覚える人がいるのは、露骨な表現にセンスがなく独善性ばかりが目立っているからではないでしょうか?
そういや、ゆずって昔ACかなんかのCMでコンビニにエコバッグ持ってって、「(コンビニ袋いらないから)コレで! キリッ」
みたいな感じのCMやってましたよね。
ああいう風にCMでエコを奨められると、どうしても視聴者は「なにがエコだよ、エゴだろ」ってなるでしょ?
(しかも絶対あんなこと、ゆずやってねーだろw)
今、愛国ソングを聞かせてくるアーティストって正にこれですよね?
時事に合わせるかのように唄ってくるから胡散臭さが際立ち「あいつネトウヨ? 国とグルじゃね? 愛国ビジネス?」と拒否反応を起こす人がいると思う、多分。
長渕剛や忌野清志郎と最近のアーティストはここが違うっていうか。
RADWIMPSもゆずも『今』じゃなかったら、愛国なんて題材にもしないだろうって思いませんか?



別に物議なんて醸してなくて、思想が偏った異端の人たちが騒いでるだけですね。
『日本しね』なんて自国をけなして問題なくて、褒めたら叩かれるなんて世界的に見てもそっちの方が異常で頭おかしいですし。
◆果たして愛国心という意味をちゃんと理解して曲を作ったのかも疑問だし また批判しているプロ市民らしき連中も なぜあそこまで発狂しているのかも謎だし つまりどっちも勉強不足 あと 表現の自由という言葉の意味も間違っていますねプロ市民は。
◆ドイツはそういうナチスとか奮起させるワード絶対だめだよ。日本人遅れてる人多い。
というかそういう風に作っちゃったね日本は・・自分達で
◆歌詞の薄っぺらさとその歌い手の説得力が全てな気がしますけどね。
RADなんかは根底に愛国心があってそれを象徴して歌い続けてきたわけでなく、日本をテーマとした楽曲の作成を依頼されて作ったにすぎません(このあたり実情はわかりませんが)
例に出してる長渕なんかは根底に持つ愛国心を家族と紐づけて歌い続けていますよね。父、母を愛している、そんな父や母が生まれ育ったこの国を愛しているという単純ながらも純粋なものです。
政治的な愛国心を歌っては駄目だと思います。
ただ、それらを表現するには歌い手としての「格」も必要なのでしょう


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